コードレビューで設計判断の質を高める:SOLID原則とモジュール構造の見極め
コードレビューで設計判断の質を高める:SOLID原則とモジュール構造の見極め
日々の開発業務において、コードレビューは欠かせないプロセスです。しかし、単にコードの誤りやバグの指摘に留まらず、よりコードベースの健全性を保つためには、設計観点からのレビューが重要になります。ある程度の開発経験をお持ちの皆様の中には、「このコードは意図通り動くが、設計として本当にこれで良いのだろうか」「将来的な変更に強い構造になっているか判断が難しい」といった課題を感じている方もいらっしゃるかもしれません。
本記事では、コードレビューにおいて設計判断の質を高めるために、設計原則の基本であるSOLID原則と、コードの構造を捉えるモジュール構造の見極めに焦点を当てて解説します。これらの観点を取り入れることで、コードの保守性、拡張性、理解容易性を向上させるためのレビューが可能になります。
なぜコードレビューで設計観点が重要なのか
コードレビューの主な目的は、バグの発見、コード品質の向上、知識共有など多岐にわたります。その中でも設計観点のレビューは、コードが「どのように動くか」だけでなく、「どのように構成されているか」に着目します。
- 保守性: 設計が適切であれば、コードの変更や修正が容易になります。密結合で複雑なコードは、少しの変更が予期せぬ副作用を引き起こす可能性があります。
- 拡張性: 将来的に機能を追加したり、要求変更に対応したりする際に、設計が良いコードは変更箇所が少なく済み、スムーズに拡張できます。
- 理解容易性: 良い設計はコードの意図や構造を明確にし、他の開発者がコードを理解しやすくなります。これは、特にチーム開発において重要です。
- 品質の均一化: 設計原則やチームのコーディング規約に基づいたレビューを行うことで、コードベース全体の品質を一定に保つことができます。
これらの理由から、表面的な指摘だけでなく、設計の意図や構造にまで踏み込んだレビューは、中長期的なプロジェクトの成功に不可欠と言えます。
SOLID原則からコードを診断する
SOLID原則は、オブジェクト指向設計における5つの基本的な原則の頭文字をとったものです。これらの原則は、変更に強く、理解しやすく、再利用可能なソフトウェアを作るための指針となります。コードレビューにおいて、これらの原則が守られているかを確認することは、設計の健全性を判断する上で有効です。
1. 単一責任の原則 (Single Responsibility Principle: SRP)
クラスやモジュールは、ただ一つの責任を持つべきである、という原則です。ここでいう「責任」とは、変更の理由となり得る一つの機能や役割を指します。
レビューの観点:
- 一つのクラスが、互いに異なる理由で変更される可能性のある複数の機能(例: データの取得と整形、ビジネスロジックと永続化など)を担っていないか確認します。
- メソッドが長すぎたり、複数の異なる操作を同時に行っていたりしないか確認します。
コード例(概念):
// SRP違反の可能性
class UserProfileManager {
void loadUser(int userId) { ... } // ユーザーデータ取得
void saveUser(User user) { ... } // ユーザーデータ保存
void displayUser(User user) { ... } // ユーザー情報表示(UI関連)
void sendWelcomeEmail(User user) { ... } // メール送信
}
// SRPに沿った分割の例
class UserRepository { // ユーザーデータの永続化
User findById(int userId) { ... }
void save(User user) { ... }
}
class UserPresenter { // ユーザー情報の表示(UIロジック)
void display(User user) { ... }
}
class EmailService { // メール送信
void sendWelcomeEmail(User user) { ... }
}
UserProfileManager
はデータ永続化、UI表示、メール送信という複数の責任を持つ可能性があります。これをUserRepository
、UserPresenter
、EmailService
のように分割することで、それぞれのクラスは特定の責任に集中し、変更が発生しても他のクラスへの影響を最小限に抑えられます。レビューでは、このような責務の混在がないかを確認します。
2. オープン・クローズドの原則 (Open/Closed Principle: OCP)
ソフトウェアの構成要素(クラス、モジュール、関数など)は、拡張に対して開いており、修正に対して閉じているべきである、という原則です。これは、新しい機能を追加する際に、既存のコードを変更せずに済むように設計すべきであることを意味します。
レビューの観点:
- 新しい振る舞いを追加するために、既存のクラスや関数のコードを直接変更する必要があるか確認します。
- ポリモーフィズム(継承やインターフェースの実装)やストラテジーパターンなどの設計パターンが適切に利用され、拡張ポイントが用意されているか確認します。
コード例(概念):
// OCP違反の可能性
class DiscountCalculator {
double calculate(double amount, String customerType) {
if (customerType.equals("Regular")) {
return amount * 0.9;
} else if (customerType.equals("Premium")) {
return amount * 0.8;
}
return amount;
}
}
// OCPに沿った設計の例
interface DiscountPolicy {
double calculate(double amount);
}
class RegularDiscountPolicy implements DiscountPolicy {
double calculate(double amount) { return amount * 0.9; }
}
class PremiumDiscountPolicy implements DiscountPolicy {
double calculate(double amount) { return amount * 0.8; }
}
class DiscountCalculator { // Policyを受け取る
double calculate(double amount, DiscountPolicy policy) {
return policy.calculate(amount);
}
}
OCP違反の例では、新しい顧客タイプ(例: VIP)に対応するためにDiscountCalculator
クラスそのものを変更する必要があります。OCPに沿った例では、DiscountPolicy
インターフェースを実装した新しいクラス(VipDiscountPolicy
など)を追加するだけで済み、既存のDiscountCalculator
クラスを変更する必要がありません。レビューでは、将来の拡張が既存コードの変更を伴わないような抽象化やポリモーフィズムが考慮されているかを確認します。
3. リスコフの置換原則 (Liskov Substitution Principle: LSP)
派生型は基底型と置換可能でなければならない、という原則です。これは、あるクラスのオブジェクトを使用している箇所で、そのクラスのサブクラスのオブジェクトを使用しても、プログラムの正当性が損なわれてはならないことを意味します。
レビューの観点:
- サブクラスが親クラスのメソッドの事前条件を強めたり、事後条件を弱めたりしていないか確認します。
- サブクラスのメソッドが、親クラスのメソッドが想定していない例外をスローしたり、異なる型の値を返したりしないか確認します。
- サブクラスが親クラスの不変条件や歴史制約(オブジェクトの状態変化の制約)を破っていないか確認します。
この原則は、特に複雑な継承関係を持つコードで重要になります。レビューでは、継承が単なるコードの再利用のためだけでなく、is-a関係(「〇〇は△△の一種である」という関係性)を正しく表現しており、サブクラスが親クラスの契約(振る舞いに関する期待)を破っていないかを確認します。
4. インターフェース分離の原則 (Interface Segregation Principle: ISP)
クライアントは、自分が使用しないインターフェースに依存すべきではない、という原則です。これは、大きすぎるインターフェースを、より小さく特定のクライアントに特化したインターフェースに分割すべきであることを意味します。
レビューの観点:
- 一つのインターフェースに、多くのクライアントが使用しない多数のメソッドが含まれていないか確認します。
- クラスが、実装する必要のないインターフェースのメソッドのスタブ実装(空実装やUnsupportedOperationExceptionをスローするなど)を行っていないか確認します。
コード例(概念):
// ISP違反の可能性
interface Worker {
void work();
void eat();
void sleep();
void manage(); // マネージャーだけが必要
}
class Employee implements Worker {
void work() { ... }
void eat() { ... }
void sleep() { ... }
void manage() { /* 何もしないか例外 */ } // 不要なメソッド
}
class Manager implements Worker {
void work() { ... } // 必要ないかもしれない
void eat() { ... }
void sleep() { ... }
void manage() { ... }
}
// ISPに沿った分割の例
interface Workable {
void work();
}
interface Feedable {
void eat();
void sleep();
}
interface Manageable {
void manage();
}
class Employee implements Workable, Feedable {
void work() { ... }
void eat() { ... }
void sleep() { ... }
}
class Manager implements Workable, Feedable, Manageable { // あるいはManageableのみ
void work() { ... }
void eat() { ... }
void sleep() { ... }
void manage() { ... }
}
ISP違反の例では、Employee
やManager
はWorker
インターフェースの全てのメソッドを必要としない可能性があります。ISPに沿った例のように、インターフェースを細かく分割することで、クライアント(これらのインターフェースを使用するクラス)は自身が必要とする機能だけを持つインターフェースに依存することができます。レビューでは、肥大化したインターフェースがないか、クライアントが不要な依存を強いられていないかを確認します。
5. 依存関係逆転の原則 (Dependency Inversion Principle: DIP)
- 上位レベルのモジュールは下位レベルのモジュールに依存すべきではない。両方とも抽象に依存すべきである。
- 抽象は実装の詳細に依存すべきではない。実装の詳細が抽象に依存すべきである。
この原則は、特定の具象クラスへの直接的な依存を避け、抽象(インターフェースや抽象クラス)に依存することを推奨します。これにより、上位モジュールと下位モジュールの間の結合度を下げ、変更に強い設計を実現します。
レビューの観点:
- 上位レベルのクラス(例: ビジネスロジックを扱うクラス)が、下位レベルの具象クラス(例: 特定のデータベース実装や外部サービス通信クラス)を直接newなどで生成・使用していないか確認します。
- 具象クラスではなく、インターフェースや抽象クラスを通じて依存関係が構築されているか確認します。
- 依存性の注入(Dependency Injection)パターンが適切に利用されているか確認します。
コード例(概念):
// DIP違反の可能性
class UserService { // 上位モジュール
private MySqlDatabase db = new MySqlDatabase(); // 具象クラスへの直接依存
void saveUser(User user) {
db.save(user);
}
}
class MySqlDatabase { // 下位モジュール
void save(User user) { /* MySQLへの保存処理 */ }
}
// DIPに沿った設計の例
interface Database { // 抽象
void save(User user);
}
class MySqlDatabase implements Database { // 下位モジュールの具象実装
void save(User user) { /* MySQLへの保存処理 */ }
}
class OracleDatabase implements Database { // 別の下位モジュールの具象実装
void save(User user) { /* Oracleへの保存処理 */ }
}
class UserService { // 上位モジュール
private final Database db; // 抽象への依存
// コンストラクタインジェクション
UserService(Database db) {
this.db = db;
}
void saveUser(User user) {
db.save(user);
}
}
DIP違反の例では、UserService
が具体的なMySqlDatabase
クラスに直接依存しています。データベースをOracleに変更する場合、UserService
のコードを修正する必要があります。DIPに沿った例では、UserService
はDatabase
という抽象に依存しているため、具体的なデータベース実装を変更してもUserService
のコードは変更する必要がありません。レビューでは、クラス間の依存関係が抽象化されているか、具体的な実装への直接依存がないかを確認します。
モジュール構造のレビュー
コードベース全体や特定の機能単位におけるモジュール(パッケージ、ディレクトリ、サブシステムなど)の構造も、レビューの重要な観点です。良いモジュール構造は、コードの整理、再利用性、変更時の影響範囲の限定に貢献します。
レビューの観点:
- 責務の分離: モジュール(パッケージなど)が特定の機能領域や関心事に基づいて適切に分割されているか確認します。異なる責務を持つコードが混在していないか確認します。
- 依存関係: モジュール間の依存関係が整理され、理解しやすい構造になっているか確認します。循環参照や、本来依存すべきでないモジュールへの依存がないか確認します。
- 凝集度と結合度: モジュール内部の要素(クラス、関数など)の関連性(凝集度)が高く、モジュール間の依存関係(結合度)が低くなっているか確認します。
- 命名と境界: モジュールやパッケージの命名が、その内容や役割を明確に表しているか確認します。モジュールの境界が明確で、どこにどのようなコードがあるか推測しやすいか確認します。
- レイヤー化: システムがプレゼンテーション、ビジネスロジック、データアクセスなどのレイヤーに適切に分割され、各レイヤー間の依存方向が守られているか確認します。
具体的なチェックポイントの例:
util
やcommon
のような汎用的なモジュールに、特定の機能に密接に関連するコードが紛れ込んでいないか。- ビジネスロジック層から直接データアクセス層の実装クラスを呼び出していないか(DIPに関連)。
- 循環依存(AモジュールがBモジュールに依存し、BモジュールがAモジュールに依存している状態)が発生していないか。
- 一つのパッケージに、まったく異なる機能のクラスが多数含まれていないか。
レビューの際は、ファイルやディレクトリの構成図、クラス図などを補助的に利用することも有効です。プルリクエストに含まれるファイル構成の変化から、モジュール構造への影響を読み取るようにします。
実践的な設計観点レビューのアプローチ
設計観点のレビューは、単に原則を知っているだけでは難しい場合があります。以下に実践的なアプローチをいくつかご紹介します。
- PRの意図と設計の概要を理解する: プルリクエストの説明や関連するチケット情報から、今回の変更の目的と、それを実現するためにどのような設計判断が行われたのかを最初に理解するように努めます。
- 変更の中心となる部分に注目する: 全てのコード行に対して設計観点から詳細にレビューするのは非効率です。今回の変更で新たに追加・修正されたクラスやモジュール、特に既存コードとのインタラクションが多い部分に注目し、SOLID原則やモジュール構造の観点から問題がないかを確認します。
- 「なぜこの設計にしたのか」を問いかける: コードを見て設計上の疑問点や懸念を感じたら、単に「これはSRPに違反しています」と指摘するのではなく、「このクラスに〇〇と△△の責務があるように見えますが、将来的にどちらか一方だけが変更される可能性はありますか?もしそうであれば、分割を検討する余地があるかもしれません。どのような意図でこの設計を選択されましたか?」のように、問いかけの形式で意図を確認し、より良い代替案を提案する形でコミュニケーションを取ります。
- チームの設計規範やアーキテクチャとの整合性を確認する: 個別の設計原則だけでなく、チームとして定めている設計パターン、アーキテクチャスタイル、特定のフレームワークにおける慣習などに沿っているかどうかも重要な観点です。
- 静的解析ツールやリンターを活用する: 一部の設計上の問題(循環参照など)は、静的解析ツールで検出できる場合があります。ツールで自動化できる部分はツールに任せ、人間はより高度な設計判断に集中できるようにします。
- 継続的な学習と議論: 設計は常に唯一絶対の正解があるわけではありません。様々な設計パターン、アーキテクチャスタイルについて学習を続け、チーム内で設計に関する議論を積極的に行うことで、レビュアー自身の設計判断能力も向上します。
自身のレビュアースキルを向上させるために
設計観点を含む質の高いコードレビューを行うためには、レビュアー自身のスキルアップが不可欠です。
- 設計に関する学習: SOLID原則だけでなく、様々なデザインパターン、クリーンアーキテクチャ、マイクロサービスなどのアーキテクチャスタイルについて体系的に学習します。書籍、オンラインコース、カンファレンスなどを活用できます。
- 優れたコードを読む: オープンソースプロジェクトや、社内外の質の高いコードを積極的に読み、どのような設計判断が行われているのか、なぜそれが良い設計とされているのかを分析します。
- 設計レビューへの参加: コードレビューだけでなく、設計段階のレビューやディスカッションにも積極的に参加し、早い段階で設計課題に気づき、議論する経験を積みます。
- フィードバックの実践と改善: 実際に設計に関するフィードバックをしてみます。レビューイからの反応や、その後のコードの進化を見て、自身のフィードバックが効果的だったかを振り返り、伝え方や観点を改善していきます。
- ペアプログラミング: 設計判断に迷う箇所や、複雑な部分の実装をペアプログラミングで行うことで、設計意図やトレードオフについてリアルタイムに議論し、学びを深めることができます。
まとめ
本記事では、コードレビューの質を高めるために、設計原則(SOLID)とモジュール構造の見極め方について解説しました。
- コードレビューにおける設計観点は、コードの保守性、拡張性、理解容易性を向上させる上で非常に重要です。
- SOLID原則は、オブジェクト指向設計の基本的な指針であり、レビューにおいてコードの健全性を判断するための有効な観点を提供します。
- モジュール構造(パッケージ、ディレクトリなど)の適切さは、コードベース全体の整理、再利用性、変更時の影響範囲の限定に貢献します。
- 設計観点からのレビューは、PRの意図理解から始め、変更の中心部分に注目し、問いかけや代替案提案の形でコミュニケーションを取ることで効果的に行えます。
- 自身のレビュアースキルを向上させるためには、設計に関する継続的な学習、優れたコードを読むこと、設計レビューへの参加などが有効です。
コードレビューに設計観点を取り入れることは、最初は難しく感じるかもしれませんが、経験を積むことで徐々に見極める力が養われます。ぜひ、日々のレビューの中でこれらの観点を意識して取り組んでみてください。チーム全体のコード品質向上に繋がり、結果として開発効率の向上にも貢献できるはずです。